「レコードからサンプリングしたビートを、BeatStarsで売っても大丈夫?」——サンプリングでビートを作っている人なら、一度は気になったことがある疑問ではないでしょうか。
先に結論からお伝えします。市販曲を無断でサンプリングして商用利用するのはNGです。ただし、サンプリングを取り入れたビートを合法的に販売する方法は、大きく分けて次の3つあります。
この記事では、まずサンプリングに関わる「2つの権利」を初心者向けにわかりやすく整理し、そのうえで90年代ヒップホップとクリアランスの歴史、そして現在の現実的な3つの方法を順番に解説していきます。
まず最初に覚えておきたいのは、1枚のレコード(1つの音源)には性質の異なる2つの権利があるということです。
「その録音そのもの」に対する権利です。スタジオで録音された歌声やドラムの響き、ミックスの質感などを固定した「原盤(マスター)」に認められる権利で、一般的にはレコード会社や原盤制作者が保有しています。米国ではマスター(Sound Recording)の権利、日本では著作隣接権のひとつである「レコード製作者の権利」がこれに近い考え方です。
こちらは「曲そのもの」、つまりメロディや歌詞といった作品に対する権利です。作詞者・作曲者が持つ権利で、実務では音楽出版社(パブリッシャー)が管理していることも少なくありません。英語圏では「パブリッシング(出版権)」と呼ばれる領域です。
サンプリングとは、「既存の録音の一部を切り取って使うこと」です。つまり、
というように、1回のサンプリングで2つの権利に同時に関わることになります。そのため、原則として両方の権利者から許諾(クリアランス)を得る必要があります。
ここで混同しやすいのが、「弾き直し(リプレイ/インターポレーション)」です。有名曲のフレーズを自分で演奏して録音した場合、他人の録音は使っていないため原盤権の問題は避けられます。しかし、曲そのものは利用しているため、著作権側の許諾は引き続き必要になります。「弾き直せば何でもOK」というわけではない点に注意してください。
なお、権利の呼び方や細かな仕組みは国によって異なります(日本では著作権と著作隣接権、米国ではコンポジションとマスターという整理が一般的です)。ただ、「録音と楽曲は別々の権利で、どちらも処理が必要になる」という基本を理解しておけば、実務で大きく判断を誤ることは少ないでしょう。個別のケースについては、必要に応じて専門家に確認することをおすすめします。
「でも90年代のヒップホップは、レコードからどんどんサンプリングしていたよね?」と思う人も多いでしょう。その疑問はもっともです。ここでは文化的な背景として整理しておきます。
80年代後半から90年代のヒップホップでは、中古レコード店で盤を掘る(クレイト・ディギング)文化が根付き、SP-1200やAkai S950といったサンプラーでソウルやジャズ、ファンクのレコードを切り刻むスタイルが音楽性の中心でした。この時代の音作りについては、当サイトの「なぜ90年代Boom Bapはあんなに太い音なの?」でも詳しく紹介しています。
一方で、法的な状況は当時から決して単純ではありませんでした。大きな転機として知られているのが、1991年の米国での判決(Grand Upright Music v. Warner Bros. Records)です。ビズ・マーキーの楽曲がギルバート・オサリバンの「Alone Again (Naturally)」を無許諾で使用したことが問題となり、裁判所がレコード会社側の主張を認めました。これをきっかけに、「リリース前にサンプルをクリアする」という考え方が業界の標準として定着したと言われています。その後も2000年代にかけてサンプリングをめぐる訴訟は続き、権利処理にかかるコストが90年代型の「多重サンプリング」を難しくしていった——というのが、一般的に語られる歴史の流れです。
つまり、90年代の名盤が自由にサンプリングできていたわけではありません。クリアランス交渉や事後の和解、訴訟と隣り合わせだった時代でもあります。現代の制作者があの文化から学ぶべきなのは、手法だけではなく、「権利処理とセットで成り立ってきた文化だった」という事実でしょう。本記事も特定の楽曲のサンプリングを推奨するものではありません。
権利処理を行わずに市販曲をサンプリングした作品を公開・販売すると、一般的に次のようなリスクがあります。
「見つからなければ大丈夫」という考え方は、音源照合技術が進歩した現在では通用しにくくなっています。また、無料配布であっても権利は及ぶため、「販売していないから問題ない」とは言えません。
では、サンプリングらしい制作スタイルを続けながら、安全にビートを販売するにはどうすればよいのでしょうか。現実的な方法は次の3つです。
もっとも手軽で、多くのビートメイカーが利用している方法です。SpliceやLoopmastersでは、利用規約の範囲内で追加の使用料なしに商用利用できる素材が提供されています。ダウンロードした素材を組み合わせてビートを制作し、そのまま販売することが想定されています。
ただし、「ロイヤリティフリー」と「著作権フリー」は同じ意味ではありません。素材そのものを再配布したり、サンプルパックとして販売したりすることは禁止されている場合がほとんどです。無料で使えるプラグインや素材については、無料プラグインおすすめまとめも参考にしてください。
「既存の素材ではなく、本物の楽曲を掘ってサンプリングしたい」という人に向いているのがTracklibです。レーベルと契約済みの実際のリリース楽曲をダウンロードでき、リリース時に必要なサンプルクリアランス(ライセンス取得)までサービス内で完結します。90年代のような「レコードを掘る楽しさ」を、合法的に体験できる方法として人気があります。詳しい仕組みやライセンス条件については、Tracklibレビュー・使い方で解説しています。
鍵盤やギターで自分のフレーズを録音し、それをレコード風に加工してサンプリングする方法です。自分が権利を持つ録音なので、原盤権の問題は発生しません。ビニールらしい質感を加えたい場合は、エミュレート系のプラグインを後から使う方法もあります。
ただし、先ほど説明したように、有名曲のフレーズを弾き直した場合は著作権側の許諾が必要になる可能性があります。あくまでオリジナルのフレーズを演奏することが前提です。
| 方法 | コスト | 権利処理 | 向いている人 |
|---|---|---|---|
| ① ロイヤリティフリー素材 | サブスク or 単品購入 | 規約の範囲内なら追加許諾不要 | 手軽に量産したい人 |
| ② Tracklib等のクリアランス済みサービス | サブスク+リリース時条件 | サービス内でライセンス取得 | 実在の曲を掘りたい人 |
| ③ 自分で弾く | 機材・時間 | 自分の録音なら原盤権の問題なし | 独自の音を作りたい人 |
※各サービスの条件は変更される場合があります。利用前に必ず最新の公式規約をご確認ください。
A. 「何秒までなら問題ない」という一般的な基準はありません。ごく短いサンプリングでも権利者から問題視された事例があり、長さだけを理由に無許諾で商用利用するのは危険です。商用作品では、許諾を得るか、権利処理済み・ロイヤリティフリーの素材を利用するのが基本です。
A. 無料か有料かは関係ありません。著作権や原盤権は営利・非営利を問わず及ぶため、無料配布やSNS投稿でも無許諾サンプリングは権利侵害になる可能性があります。削除や収益化停止のリスクもあるため、権利処理された素材を使うようにしましょう。
A. 各サービスの利用規約を守って利用する限り、追加の使用料なしで商用利用できます。ただし、ロイヤリティフリーは「著作権フリー」を意味するものではありません。素材単体の再配布やサンプルパック化などは禁止されているのが一般的なので、利用前に必ず規約を確認してください。
A. 一概には判断できません。楽曲の著作権と録音物の権利(原盤)は別々に保護されており、保護期間の計算方法も国や録音年代によって異なります。「古いレコードだから大丈夫」と自己判断するのは避け、個別の案件については専門家に確認することをおすすめします。
サンプリングの権利関係は複雑に感じられますが、ビートメイカーとして押さえておきたいポイントはシンプルです。
90年代の名盤が教えてくれるのは、サンプリングの創造性だけではありません。それと同時に、権利処理と常に向き合ってきた文化でもあったという歴史です。今はSpliceやTracklibのように、合法的にサンプリングを楽しめるサービスも充実しています。安心して制作に集中するためにも、最初に権利処理の考え方を理解しておきましょう。